【男観察日記①】電車運転士 田中さん(仮名・31)お別れ編
【田中さんとのお別れ】
いわゆる就職氷河期、田中さんの就職活動はとても上手くいったと呼べるものではなかった。
彼は軒並みお祈りをくらい、唯一もらった大手鉄道会社の電車の運転士としての内定を受けることとなった。
一方私は他大学の大学院へと進学。今思えばこれがふたりの未来を明確に分けることとなった。
大学最後の春休みは毎日ふたりで過ごした。
彼は遠方で泊まり込みの研修、私も新しい環境に進む。
最終日の夕方、これからは容易には会えなくなる寂しさから号泣し、彼は優しく微笑みながら、俺たちはこれからも大丈夫だよ、と慰めてくれた。
大学院進学後は一転、新しい環境、新しい友人と触れるものすべてにわくわくし、忙しく、楽しく過ごした。
なによりこれまでとは違う価値観に触れて、こんな世界がある、もっと上を目指してみたいと思うようになった。
彼は研修の合間を縫っては会いに来てくれたが、目指すものの違いからか話題も合わなくなり、これまでのようには笑いあえなくなった。
そのうちメールを返すのも、会うのも億劫になってきてしまった。
そしてもっと自由に、もっと上を目指してみたいと思うようになった。
あるとき仕事が早く終わった彼が大学院まで迎えに来てくれた。
「結婚したいと思ってるんだけど、どうかな?」
今でもこのときの顔は忘れられない。
そのまま別れ、彼の後ろ姿を、いつもよりとても小さく見える後ろ姿を、見えなくなるまでずっと見ていた。
私は少し泣いてから、でもこれでよかったんだと思った。
これで自由に、もっともっと高みを目指していけると思った。その時はたしかにそう思った。